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懐かしい画像 (K-代以前)

滋22か.736
B-1451
滋22か.736
行先「外畑行き」は現在ではゾーンバスになっており、本線から直通することはありません。
因みに、内畑行きの場合は、『2 外畑・内畑』と、普通の経由地表示と違い、同じ大きさの文字で中点を挟んで表記されているのが特徴的でした。

撮影地:南郷洗堰
滋22か.736(非公式)
石山駅へ向かう途中です。
この画像では判り難いですが、Bタイプと表記されています。

撮影地:南郷洗堰
滋22か.777
A-1480
滋22か.777
旧53号経路(石山駅−南郷中学校−大石小学校−内畑)に就いています。1993年の大津営業所移転時に廃止となった路線で、現在の53号経路(石山駅−千寿の郷−南郷二丁目東 2002年3月9日開設)とは全く別の路線です。

撮影地:南郷中学校
滋22か.777(リア)
リアから。
後に登場するP-MP218の特注リアスタイルの原型(?)のような2分割窓。

撮影地:南郷中学校
滋22か.799
A-1488
滋22か.799
方向幕周辺の造作がすこし変わりました。

撮影地:赤尾町
滋22か.799(リア)
リアから。
窓割が2分割から3分割になりました。
なおこの世代のエンジンルーバーは特注品らしく、地方に出て行った京阪車を見分けるのにかなり有効だったとか。

撮影地:南郷中学校
滋22か.868
滋22か.868
大石小学校発浜大津行。
国道線が20番台であることに違和感を覚えるが、当時は湖岸線が奇数、国道線が偶数という分け方をしていました。

撮影地:南郷洗堰
滋22か.898
A-1536
滋22か.898
54号経路の石山駅行き。
当時は52号経路が新浜発着、53号経路が内畑発着、54号経路が大石小学校発着という分け方でした。

撮影地:南郷中学校〜赤尾町間
滋22か.898(リア)
A-1680の南郷中学校行きの逆便で、土曜の真昼に1本だけ運転されていましたが、いつの間にかなくなりました。現在も幕だけ残っています。『平津・石山団地』と書かれた、やはり系統番号のない幕もありますが、これは大分あとになって新浜発石山団地行きが開設された時にできた幕です

撮影地:南郷中学校
滋22か.910
A-1549
滋22か.910
特徴的な方向幕回りの富士重工ボディを架装したMP。
写真の26号経路は浜大津発着。当時は石山駅で南北を通しで運行する路線がそれなりにありました。

撮影地:南郷洗堰
滋22か.911
A-1550
滋22か.911
一つ前と同じく富士重工ボディ車。全体では少数でしたが、大阪地区でも見ることは出来ました。
この辺りの車も地方で第二の活躍をしていたようです。

撮影地:南郷中学校〜赤尾町間
滋賀22き..60
A-1566
滋22き..60
世代の割りに登録が「滋賀22き」なのは、この車が山科から転属してきたからのようです。
なおこの世代の車からセーフティウィンドウと前面が視野拡大窓となっています。

滋22か1047
A-1594
滋22か1047
53号経路に就く。
もの凄い数の乗客です。
1日数本しかなかった路線開設当時の写真と思われます。国道422号線から離れた山手のこの辺りでは、この当時から数少ない便を狙って乗るひとがかなりいました。現在の南郷中学校系統は日中1時間当たり2本と、決して本数が多いとはいえないものの、当時とは比べ物にならない利便性を持つ路線になりました。

撮影地:赤尾町
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* 07/05/06
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